バブルの頃、僕はブラック会社で働いた(10)

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F2890 光LANシステム

ネットで調べてもぜんぜん資料が出てこない。僕の記憶に頼るしかないんだけど、1989年ってまだイーサネットもなくてLANも普及していない。携帯だってまだアナログ方式。デジタル方式の通信は専用線とか業務用だけだった。だからネットワークといわれてもピンと来なかった。ホストと端末間の通信が主流の時代だったからね。

F2890光LANシステムは当時としては画期的な光ケーブルを使って200M/400Mbpsの高速で通信するシステムだった。二重の光ケーブルをリング状に配置し、ケーブルの何か所かが切れても自動制御で通信障害を回避する無停止装置だ。

各ノードに接続されたどの端末間で通信を行うのか設定する。例えば、端末Aと端末DがVインターフェースで通信するって感じで指定するんだ。だけど、ノードは大きなラックで、本棚みたいな構造になっている。棚のことをシェルフと呼ぶ。メーカーによってはベイって呼ぶらしい。そこに本のように基盤を挿す。この基盤をラインセットと呼んだ。メーカーによっては…忘れたよ(^^;

基盤には口が付いていて、そこにケーブルを挿すんだけど、たいていの基盤はチャネルを持っていた。1枚の基板に2本のケーブルが刺さるとかね。多いやつだと16チャネルの基盤もあったかな。映像用のラインセットもあったけど、こつは帯域をすごく使用した。当時は映像圧縮の技術がまだ確立されていないから、生の映像を土管のように流していたからね。それでも画期的だったそうだよ。工場の監視カメラの映像配信に使っていたようだ。

これは第三世代のノードだけど、僕が開発していたのは第二世代だった。どんな通信規格でもラインセットで変換して光LANに乗せてしまう。光ケーブルには同じデータがそれぞれの逆方向に通信していて、時分割方式で通信していた。単純に言えば1秒間の通信データを10万個に割って、それぞれの0番目から99999番目の通信データ-タイムスロットって言うんだけど-がどのデータなのかを設定した通信機器の配置から割り当てて、そのデータを各ノードにフロッピーで読み込ませてから運用させるんだ。当時の通信I/FはVとかXとかGとか。ほぼ端末や電話回線用だった。数年後にイーサネットやトークンリング、ISDN用のラインセットが収容できるように改造かけたんだ。

無停止装置だからラインセットは壊れてもすぐに交換できる、つまりホットスワップに対応していなければならない。ハード部隊を見ていて覚えたけど、ホットスワップって日本語で「活性挿抜(かっせいそうばつ)」って言うの知ってた?

ひとりで7人分?

ある日、社長に呼ばれて開発作業のスケジュールを組むように言われた。線表(せんぴょう)を作れという。線表ってなに?って感じだったけど、用紙を渡されて、これに書き込めという。線を引くから線表って言うのか。まだシステム全体を把握できていなかったけど、こんな感じかな?って作ってみた。

担当者は8人だから、武中さん以外の部分を僕以外の6人にも仕事を割り当てるように言われたんだ。そうだよね、これだけの量、業務経験ゼロでしかも学生の自分ひとりでできるわけないよな、ちょっと安心した。僕が勝手に仕事を割り振っていいものなのかとも思ったけど、社長の指示だからと深く考えもしなかったんだ。

それから数日後、元請けのM社の営業マンの小関さんと社長、僕と武中さん、そして線表に名前のある社員、総勢10名で富士通の子会社FCS(エフシーエス)を訪問した。日本語の会社名は忘れてしまったけどやたら長い名前だったので、もっぱら略称を使っていた。ミーティングで社長が「こちらのメンバーで開発します。」と紹介し、ひとりひとりが挨拶をした。

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