バブルの頃、僕はブラック会社で働いた(12)

初めから読む

CSKを訪問する

この頃、CSK(シーエスケー)の研修センターが京王永山にできて、開所式があるから一緒に行こうよ、とCOBOLの担当社員の猪口(いのくち)さんに誘われた。うちの会社にも招待状がきてたとのこと。興味があったのでついていくことにした。

当時、CSKは東証一部上場の大企業だった。後にセガを買収してサミーに売却。2011年に住友商事に買収された。

着いてまずビックリしたのは敷地の広さ。そこに何棟ものビルが建っている。最初にホールに案内された。大川会長という人の話があった。

「皆さん、prolog(プロログ)というプログラミング言語を知ってますか?なんとCOBOLの10分の1でプログラミングができる。当社では全社でprologを導入して、効率化とコストダウンを図ります!」

こんなことを言っていたと思う。ビックリした。僕も少しだけprologを使ってみたことがある。通称メダカマーク:-を多用するAI用言語だ。最近もディープラーニングとか自動運転なんかでAIがブームになってるけど、30年前にもAIブームがあって、prologやLISPといった、人工知能向けのプログラミング言語が流行った。だけど、これでCOBOLのような事務処理プログラム作れるだなんて到底思えなかったんだ。この人は技術屋じゃないな、と思いながら話を聴いてたけど、退屈で眠ってしまった。講演が終わった時の拍手で目が覚めた。

講演後は視察だった。ホールの他に研修施設、宿泊施設、ジムやプール、最上階には「SEラウンジ」と名付けられた飲食コーナーになっていた。宿泊施設はシングルがメインで、部屋にもコンピューターの端末が置かれていた。これでいつでも仕事ができる、と案内の方が豪語していた。ベッドの脇に端末があったら、落ち着いて寝られないというか、部屋でも仕事?どうなんだろう。

毎年400人を採用してるのに、社員数が10年変わらないって言ってたような気がする。それって、10年で4000人が辞めた会社ってことだよな。どういう会社なんだろう?不思議に思いながら、施設を後にした。

ちなみに現在、この施設は多摩永山情報教育センターになっているよ。

調べてみたらCSK総研(CRI)でprologを開発していたみたいだ。CRIミドルウェアの社長がインタビューでそう話している。CRIで開発されたCRI-prologを使った機械翻訳の解説本まで出版されていたみたいだ。

新スタッフが来た

12月に入ると飯田さんって人が入社してきた。クリスマスまでの期間限定で働きますと紹介された。短期のバイトだけど東京理科大卒の才媛で、外国に行くためのお金を貯めてると話してた。僕の仕事を手伝ってもらえるのかと思ったら、武本さんの応援だって。先のパソコンでの仕事のことや、武本さんの勤務態度に不安を持った会社が手配したみたいだった。

この頃になると、武本さんは自分から会社に来なかった。もともと夜型人間で徹夜ばかりということもあったけど、武本さんは放っておくといつまでも寝てるみたい。毎日、午後3時になると総務部長が会社の寮まで行き「おーい、武本君。時間だぞー!」って声をかけて起こすのが日課だった。だいたい午後4時ごろに武本さんは出社してきた。

会社の寮というのは、近くにある古いアパートを一棟借り上げ、各部屋の押入れをシャワールームに改装したもの。地方から来た、新卒の若い社員の人たちが住んでいた。鹿児島の人が多かったように思う。僕より若かったから専門学校卒かな。そういえば、バイトの坂本さんも社長兄弟も鹿児島出身。総務部長に聞いたら「鹿児島で新卒募集をしてるから。」ということだった。

(11)← →(13)