バブルの頃、僕はブラック会社で働いた (2)

僕は自殺志願者?

「人生って長いようで、短いもんですね。」

そんなものなのかな、と僕は思ったが、気にせずにスルーした。今度はマスターが僕に質問してきた。

「どこから来たんですか?」
「え?下のペンション村ですけど。」
「ああ、そちらに宿泊されたんですか?」

僕はきょとんとした顔でマスターに答えた。

「いえ、働いているんですケド。」
「え?」
「先週から働いていて、ようやく休みをもらえたので、雨池って場所に行ってみようと思ってるんですよ。」

マスターは口を開け、すごく驚いた顔をしていた。不思議に思って僕はマスターに尋ねた。

「どうかしたんですか?」
「いや、こんな時季外れに、そんな恰好で一人旅の人って、訳ありしかいないから。」

トレーナーにジーンズ、黒いスポーツバッグの中は一眼レフだけ。こんな軽装で山小屋に来れば、自殺志願者と間違われても仕方ないのかな。いやいやいや、死ぬ気は毛頭ないから。

言われてみれば、確かに雇用主も「オフシーズンの予約なしの女性の一人客は絶対に断れ!」と僕に厳命していた。過去に何かあったのかな?と思って理由を聞くと、そういう客はほぼ間違いなく自殺志願者だという。

誤解が解け(?)マスターと話し込んだ僕はおなかがすいてしまった。先ほどから気になっていた「高菜チャーハン」を頼むことにした。

「すいません、あれください。」
「オーケー!」

高菜チャーハンはシンプルだけど優しい味で、思いのほか美味だった。僕は一気に食べ終えると、目的地に向かうため、店を出ようとした。

「お勘定お願いします。」と僕は千円札を出した。
「お釣りは帰りに渡すよ」とマスターは笑顔で言った。誤解は解けてなかった。違うから。

そして僕は山から降りた

雇用主は埼玉に家庭を持っているらしく、自宅に帰るために何日もペンションを空けることが少なくなかった。もちろん予約も入っていないので、本当に自分ひとりだ。オフシーズンのペンション村は近所に人影もない。朝起きて、食事をして、掃除して、片付けして、食事して、寝て、テレビを見て。今ならスマホでSNSやらウェブやら見れるけど、当時は何もないから本当に一人だった。

一週間ほどして由香から手紙が届いた。中には5000円とキャッシュカードも一緒に入っていた。あとは決行あるのみ。

11月半ば、雇用主がいつものように自宅に帰り、ペンションに戻ってくる日のこと。朝から電話が鳴った。

「バイト募集を見たんですけど。」

若い男性だった。僕は言った。

「今日面接に来られますか?」
「はい。できるだけ早く働きたいんですけど。」

僕と同じような境遇なのかな。雇用主は15時に帰ってくると言っていた。チャンスだ!

「では、早速面接しますので、今日の15時にペンションまで来てくれますか。もしかしたら外出してるかもしれませんがすぐに戻るので、玄関を開けておきますから、中に入って待っていてください。」

このように伝えて電話を切ると、すぐに出かける準備をした。もう山の中はこりごりだ。本格的な冬が来たら逃げられない。バイト代ももらえそうにない。早くここから脱出しないと。こんなことばかり考えながら、はやる気持ちを落ち着かせてペンションを出てバス停に向かった。間違って雇用主が早く帰ってこないことを祈りながらバスが来るのを待った。

終点の茅野駅でバスを降りると新宿行の電車に乗り換え、東小金井まで帰ってきた。残金は1000円。さあ、どうしよう。僕は考えた。おなかすいたな。そうだ、大原に行こう!藁をもすがる思いで、同じ学科の大して親しくもない、ただ一緒に留年したというだけの同僚の大原を訪ねた。彼の家は六畳一間、風呂無し、共同トイレ。ここに居候しようと考えた僕はどれだけ図々しかったのかって、ホント、思うよ。

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