代ゼミとバレンタインとの相関関係に関する考察 (3)

プログラマーはホストよりきつい?

ある夜、いつものように喫煙所でタバコを吸っていると、スウェーデン人のクォーターで、背が高い色白の優男(やさおとこ)、岸本君が私に近づいてきた。彼もまだ業界一年目の新人だった。

「お疲れ~!大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。あの、実は…」
「どうしたの?」
「僕、今日で会社辞めるんです。肝臓がおかしくなってドクターストップで…ようやく仕事がわかりかけてきたのに。」
「…そうなんだ。残念だけど。体を大事にしてくれよ。」

体を壊して仕事辞めるなんて、一番だめなことだ。タバコを深く吸って、大きく煙を吐いた岸本君は続けて言った。

「実は、僕、この仕事をする前、新宿でホストしてたんです。きつかったけど、体を壊したりしませんでした。でも、この仕事は…ホストよりきついです。」

この仕事はホストよりきつい、という言葉が頭から離れなかった。

毎日徹夜できるわけもないから、私も徹夜、休み、徹夜、というローテーションで仕事をした。毎日仕事をしたほうがいいのだろうけど、そうすると17時間労働が毎日続く。代ゼミから家まで、帰りはタクシーで20分くらい。行きはは電車で30分くらい。帰ろうとしても、いろんな人からあれこれ質問されるので、帰れない。だから、結局、徹夜⇔休みの無限ループにハマるのだった。

発注元と受注先のはざまで

この頃になるとA社だけでなく、NECの人たちとも喫煙所で話す機会が増え、状況がさらにわかって来た。このプロジェクトはNECの社長が代ゼミからとってきたらしいこと。NECの社長は代ゼミの創業者と姻戚関係にあるらしく、トップセールスなので、会社の命運がかかってること。(これの真偽はいまだに知らないし、調べる気もない。)そのために事業本部長の加藤さんまでが、作業場に詰めていて、A社と同じく代ゼミ本社の近くにマンションを借りてるとのこと。加藤さんの娘さんは、代ゼミに行かずに駿台予備校に通っていると、嘆いていた。

エンジニアの吉川さん。NEC側の現場リーダーを務めていた。口癖は「僕は5V以上の電圧は扱わないって決めたんだ!」説明するとマニアックになるので割愛するが、かいつまんで言えば、今でいうUSBしか触りたくない、ってこと。

吉川さんはA社の人たちが好きではなかった。そうだよな。A社の人たちは頑張ってるけど、いろいろ問題があるから、NECにちゃんと説明できない。その最前線にいる吉川さんからすれば、ウソはつかれるし、進捗が遅れた理由を聞いても「すいません。」だけでは、信頼関係なくなりますわ。

そもそも、なぜこんなでたらめなプロジェクトが走り始めたのか?プレゼンでA社がNECと代ゼミにデモを見せたと。それはプログラムではなく、動画みたいなものだったと。でも、その動画をシステムと思い込んだ代ゼミが「ここまでできてるのなら、完成までは大してかからないですよね。」なんて言うし、営業は技術なんかわからないから「そりゃもちろんです。」と回答した。これがデスマーチの始まり。

昔の話だけどIBMも同じようなことをやっていた。IBMが制作したビデオを見たエンジニアが、どうやったらこんなプログラムを作れるんだ?って試行錯誤してホンモノを完成させた。でも世の中にそんな天才はそうそういないわけで、むしろ今回は別の意味で天才的な社長が不適切な人材配置をしたことで、プロジェクトの混乱に輪をかけたわけで、おそらくこのプロジェクト、A社は赤字だと思うけど、大得意先の肝いりなので赤字だろうがなんだろうが、とにかく完成させるしかないのであった。

ようやくシステムが稼働。だけど契約終了。

二週間ほど徹夜が続き、ついに稼動にこぎつけた。とは言え、正直、だましだまし動かすしかない。講座受付初日に柱の陰から受付窓口の様子を遠巻きに見ていた。ものの数分で、オペレーターの様子がおかしくなった。あ、電話取った。怒鳴ってる感じ。やっちまったなぁ…そそくさと作業場に戻った。そうでなくともテストでまともに動かないシステムに、オペレーターたちは業を煮やしていて、私たちが窓口に行くと、蛇蝎の如く、いつも睨まれるのだった。

二月になった。実は月末にA社から私の契約を打ち切ると告げられた。仕事ぶりは満足で辞めてほしくないが、三週間で私の稼働時間は200時間を超えていた。時給8000円だから、240万円。想定をはるかに超えた私の労働時間に、予算が無くなったと言う。
(つづく)