代ゼミとバレンタインとの相関関係に関する考察(5)

ロボワードのデスマーチは、まだまだ先が見えなかった。開発スタッフの大半は中国人。よく働くけど、仕事中にソワソワしていた。もうすぐ春節、旧正月だったからだ。

中国から韓国、台湾、そして東南アジアはシンガポールまで、旧正月を祝うのが主流だ。新暦で祝うのは日本とフィリピンくらいだろうか。日本でも、沖縄では旧正月を祝う家や地域がある。

中国では大晦日に餃子を大量に作って食べる。まさに「年越し餃子」。CCTV(中国の国営放送)で紅白歌合戦のような番組を楽しむ。朝まで爆竹があちこちで鳴っている。空襲か?って思うくらい。『空襲を経験したことはないけども。)びっくりして起きると「爆竹だよ。」と、めんどくさそうに言われる。

朝起きると、新年にお祈りする。中国には神様はいない。何かが祀られているわけでもない。先祖に向かって全員が家の中でお祈りをする。そして、各家庭でご馳走を作って振るまいあう。飲んで騒いで祝うのだ。残念なことに、美味しそうなたくさんの料理は、どれも私には塩っぱくて全然食べられなかった。

仕方なく、日本から持ってきたアジの干物をストーブで焼いたら「なんだ、この生臭いのは?!」と怒られてしまった。あっさりしたものが食べたくて、ほうれん草を茹でて醤油で食べようとしたら「味がないだろう?」と、ごま油をかけられそうになった。

そう言えば、中国人にきつねうどんを作って出したら、一口食べて味がしない、と言って、ごま油をかけ入れ、美味しいです、と言われたことがあった。中国ではごま油を「香油」と呼ぶ。食べる際に回しかけるのは当たり前のこと。

今は中国のライフスタイルも大きく変わってしまったが、この頃はまだ伝統的な正月の祝い方が主流だったと思う。

ある日、会社に行くと、中国人たちがいなかった。春節で休んでいた。私は、なんで仕事が終わってないのに休むんだよ、と頭にきたが、それは独りよがりの話で、彼らにすれば、なんで春節にまで働かなきゃならないんだ、と考えるのは当然のことだった。

そもそも、なぜこんなにも開発が難航したのか。それは私が考案したランダムにもシーケンシャルにもデータにアクセスできる変形b-treeのプログラミングに苦しんだからだ。非常に複雑で、再帰呼び出しもバンバンかかるアルゴリズムは、私には荷が重すぎたのだ。十年後、腕利きの中国人エンジニアが、私の書いたプログラムを直しながら、このアイデアはすごいけどプログラムはひどいよ、とこぼしていた。

結局、このプログラムを私は完成させることができなかったが、仕様に制限を加えることで動作するようになった。ようやく先が見えた。春節も明けて、中国人スタッフも職場に帰ってきた。休養をとったこと、先が見えたことでみんなが活気付いた。

その頃には出勤途中にコンビニに寄って一口チョコレートを買うのが日課になっていた。ある日、いつものようにセブンイレブンに入ってチョコを探した。おっ?今日はなんだかチョコが多いぞ。いつもは見ないような、小分けのチョコがたくさんある。嬉しくなった私はいつもの3倍くらいを抱えてレジに並んだ。自分の番になり、店員がチョコを袋に詰めている時、壁に大きく書かれている文字を読んでショックを受けた。

「バレンタインデー」

2月14日だった。途端に店員の女性が私を冷ややかな目で見てるような気になった。私は焦り、心の中で言い訳を繰り返した。

「別にチョコレートがもらえなくて買ってるわけじゃない。バレンタインチョコが欲しくて買ってるわけじゃない。もちろん、誰かに配るわけでもない。これは仕事のためなんだ。会社のためなんだ。私はこの店でいつもチョコを買ってるじゃないか。」

恥ずかしくなった私は、会計が終わると、レジ袋を店員から奪うように受け取り、小走りに店を出た。

この日を境に、私はチョコを食べなくなった。
(終わり)