代ゼミとバレンタインとの相関関係に関する考察 (1)

チョコレートが食べれない

私はあまり好き嫌いがない。好みはあるが、いわゆる「食べれないもの」がほとんどない。だから、自分と付き合う人は、偏食では無理だ。前妻は中国人なのに豚肉が食べれなかった。でも餃子は自分で作るくらい好きだ。もちろん、豚肉を使う。私の母も似ていて、ニンニクのような香り野菜は一切だめなのだが、餃子だけはニンニクが入っていても食べる。豚肉は臭いというが、羊肉はおいしいという。

私自身が口にしないものは4つ。コーヒー、チョコレート、臭豆腐(紫色のもの)そしてマクドナルドの全品。それぞれに理由がある。単純な理由からあまり思い出したくないものまである。

だからバレンタインデーにチョコをもらっても「ごめんなさい!」って返していた。もちろん、すべて義理チョコだけど、もらっても食べずに棄てるから、もらうのも失礼だと思っていた。

ある時、この話を嫁にしたら、悲しい顔で言われた。

「私、チョコ大好き。なんで返しちゃうの?」

今年からは持って帰ろうと思うのだった。

嫁はおおらかな性格なので、飲み屋でもらおうが、会社でもらおうが、チョコはチョコ。チョコに罪はないと言うスタンスなのだ。単にガチマヤー(沖縄の方言で食いしん坊を指す)なだけという見方もできるが、外でもらったチョコの始末に困っている世の男性諸君も少なくないだろうから、我が家は平和である。

なぜチョコが食べられなくなったのか。若い頃はよく食べていた。

1999年2月 デスマーチ

ソフト開発の会社を経営していた私は、引っ越してばかりの渋谷区笹塚のマンションから幡ヶ谷のオフィスまで徒歩で通勤していた。前の年の秋から新製品の開発が始まったが、進捗は予定通りに進まず、年末には48時間制が当たり前になっていた。出勤したら翌日まで帰れない。

会社では徹夜が当然。途中で食事をすると眠くなる。かと言ってなにも食べないと血糖値が下がって眠くなる。食事は起きた時と寝る前だけ。普通に考えたらこんな食生活をしていたら痩せるはずなのに痩せなかった。チョコレートで糖分を補給していたからだ。

だから、会社にはいつも大量のチョコがあった。眠くならなければ食事を取っても問題ないので、食事に行く社員もいた。1日目はいい。2日目がきつい。睡魔との戦いだ。仕事が終われば帰れるのに終わらない。動くはずが動かない。原因を突き止めて直すと、別の問題が発生する。

IT業界ではこういう状態を「デスマーチ(死の行進)」と呼ぶ。

そんなにもひどい状態だったかって?もっとひどいプロジェクトに参加したこともある。代々木ゼミナール、通称「代ゼミ」の受講管理システムだ。

1993年1月 代々木ゼミナール

1993年の年明けすぐのこと、お世話になっているソフト開発会社の社長から連絡があった。相談したいことがあるという。会って話を聞くと、知り合いのプロジェクトで火を噴いてるのがある。話を聞いて、可能であれば手伝って欲しいとのこと。打合せは明朝9時。嫌な感じがしたので無茶を言って断ろうとした。

「時給8000円なら考えますよ。」

社長が先方と電話で話すこと5分。

「それでいいので来てくれって。」

マジで払うの?それはそれでいいか。でも、朝一から打合せなんて珍しいな、と思いながら、翌日、代ゼミに向かった。

プロジェクトはNECが代ゼミから請けて、ソフトハウスA社に開発を外注していた。A社の部長の春山氏が迎え入れてくれた。早速、打合せが始まったが、すでに私が仕事をすることになっている。嵌められた?そのまま作業に入る。1日目は開発内容の把握だ。全容がつかめないまま、気がつけば夜中の2時。初日から16時間作業。これはひょっとしたらひょっとして、と思った。

翌日から開発作業に加わり、だんだん状況がわかってきた。

まず、この仕事に関わっているA社の社員は20名。このシステムは受講生の個人データとが申し込んだ講座のデータを端末から入力し、サーバーにデータが送られると受講料が計算され端末に金額が表示されるものだったと思う。

端末はMS-DOSのパソコン、サーバーはEWS4800ワークステーション。最新型のunix+X-Windowsのマシンだ。サーバー上でデータベースシステムを動かし、端末からはSQLでデータをやり取りしていた。端末は640KBのメインメモリでは足らないのでEMSで2MBに拡張していた。

プロジェクトが終わる要素が見つからない

次にシステム開発の状況を調べた。システムはC言語で開発されていること。エンジニアでC言語ができるのは柳田さんと増井さんの2名しかいないこと。それ以外は全員COBOLのプログラマであること。20名中2名?理由を聞くと、A社の社長が「CもCOBOLも頭文字が同じだから似たようなものだろう?」と言ったからだと。

人間同士が意志の疎通を図るのに言葉を使うように、人間がコンピューターに指示を出す、つまりプログラミングも言葉を使う。人間の言葉を自然言語と呼び、プログラミングに使う言葉はプログラミング言語と呼ぶ。人の言葉も地域ごとに異なるように、プログラミング言語は目的別に異なる。

C言語は機器を制御するための言語。COBOLは給与計算とか伝票処理などの事務処理に特化した言語。それを「頭文字が同じだから大して変わらんだろ?」というのは、スペイン語とスワヒリ語は同じような言語だ、と言ってるのに等しい。大丈夫か?

さらに調べる。いろんな人を捕まえてはインタビューして、話を聴く。ミーティングに参加する。わかったことは、このシステムには設計書が無いに等しい。設計しながらデバッグしている。なので全体を把握するための設計資料がない。その上、開発用のノートパソコンが非力で、開発に使えるものが数台しかない。大丈夫か?

生徒の個人情報は、電話番号と生年月日で個人を特定してるという。当時は携帯電話もまだ普及していないから、電話番号は生徒の家の固定電話になる。設計した増井さんに質問した。

「あの、この仕様だと双子とかはダメですよね?」
「あ…」

聞かなかったことにした…けど、大丈夫か?

A社の社員は、会社が代ゼミの近くに借り上げた寮から通っている。アパートを一棟、丸ごと借り上げたそうだ。寮に帰れるのは1日おきだった。大半はCOBOLのプログラマ。設計ができない。C言語ができるエンジニアが、設計しながらプログラムしているので、データ構造などの資料は手書きのメモだ。

オーマイガー!!!!

なんじゃ、このデタラメなプロジェクトは?すでに納期が過ぎてるって、いやいやいや、このプロジェクト、終わるの?

私は愕然とした。
(つづく)