蕎麦の思い出と立ち食い蕎麦の進化

投稿者: | 7月 11, 2020

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蕎麦の思い出

子供の頃、叔父が渋谷で蕎麦店をしていた。10歳の頃、私は叔父が住む父の実家に預けられていた。毎晩ではないが、叔父は売れ残った生そばを持って帰ってきたので、自然と蕎麦を食べることが多くなった。

しばらくして両親が埼玉に家を借りた。母が父の実家に挨拶に行くと、いつも蕎麦と蕎麦つゆをお土産に持って帰ってきた。たまにトンカツもあったりして、大好物のカツ丼を作ってもらった。九歳頃から夜もパートに出ていた母に代わって私が家事をしていたので、炊事、片付けは苦にならなかった。たまに叔父の店に行って洗い物をすると、カツ丼を食べさせてもらえたし、お小遣いももらえた。

実家に預けられていた頃に通っていた小学校は地域柄か、今から思えば裕福な家庭の子供が多かったように思う。そのせいか、Nゲージの鉄道模型が男児の間で流行っていた。もともと列車が好きだったからすぐにハマった。ブルートレインを撮りに行くようになったのもこの頃だと思う。東京駅は近かったし、家にあった親のカメラ、ヤシカの全自動とオリンパスPENの二つを使っていた。PENはハーフサイズカメラだったから36枚撮りのフィルムで72枚撮影できた。

寝台特急さくら

中学生になると実母が一眼レフを買ってくれた。鉄道マニアに拍車がかかり、週末になると始発に乗って夜まであちこちに撮影に行った。「青春18のびのび切符」が発売され、お金をかけずに遠出ができるようになると、春や夏の休みに叔父の店で出前や皿洗いのアルバイトをし、給料をもらうと旅に出た。思春期になって両親、特に父との関係がギクシャクし、家に居辛かったことも一因だった。

旅行に行けば腹が減る。お金がない中高生にとって立食い蕎麦はライフラインだ。かけ蕎麦ではさすがに寂しいので、月見かたぬきを食べることが多かったと思う。かき揚げはたまに食べた。立食い蕎麦だがうどんも食べた。

品川丼

特に品川駅ホームにあった店の「品川丼」は安い上に、かき揚げ丼に蕎麦つゆのスープがついていたから、食べ盛りの中高生には定番となった。最近、いまだ売っているのを見つけて、うれしくなった。

天王寺駅で食べた「海老天そば」は長さ数センチの干しエビにたっぷりの衣を付けて直径10㎝くらいに揚げてあった。子供心に「詐欺だー!」と思ったことは忘れられない思い出だ。

こうして立食い蕎麦は私の中で無くてはならない、ソウルフードへと高まっていったのだった。大して美味くもないのだが、あの一杯が空腹を満たしてくれる。思春期の男子は「質より量」だ。

立ち食いそば
昔ながらの立ち食いそば

この頃の立食い蕎麦は、今でもお馴染みの袋に入ったゆで麺だ。注文すると袋を破って麺をデポに入れ、温めてから湯切りをしてドンブリに入れる。そこにめんつゆを入れて具を載せる。すぐに食べれるよう、めんつゆの温度は低めだった。大学生になり、起業して働き始めても立食い蕎麦を食べる機会は減らなかった。お金ができたぶん、かき揚げ蕎麦を頼むことが増えたくらいだ。

立ち食いそばの進化

山手線がE電と呼ばれ、国鉄がJRになった頃、立食いそばに革命が起こった。確か五反田駅のホームの店だった。ぐにゃぐにゃでコシがなく、細うどんと言われても目隠で食べれば分からないような麺が当たり前だったのに、この店の蕎麦はコシがあり美味かったのだ。注文すると袋を破いて麺をデポに入れ温めるのは同じだ。だが、その袋に入っているのは冷凍麺で、袋も冷凍庫から取り出していたのだ。

衝撃だった。

その後、冷凍麺を使う店は少しずつ増えていったように思う。

小諸そば
小諸そば

結婚して子供が生まれ三十代になった頃、さらなる革命が起きた。それは「富士そば」だ。生蕎麦を店頭でゆでる店が登場したのだ。これも衝撃的だった。一時期はわざわざ富士そばを探して食べていた。歌舞伎町で飲んだ後、新宿三丁目の交番そばの店にはよく食べに行った。それまでは立ち食いでは温かい蕎麦しか食べなかったが、富士そばでは冷やしたぬき蕎麦をよく食べた。その後、小諸そばが現れた。ここも店頭で生蕎麦をゆでるスタイルだ。

そして個人的に最後の革命は「ゆで太郎」だ。これは立食い蕎麦のクオリティではない。下手な蕎麦屋よりもはるかに美味い。驚いた。出てくるまで多少時間がかかるが、美味い方がいいに決まっている。ミニ天丼もこれまた美味い。サービス券を沢山くれる。一時期はゆで太郎ばかり食べていた。残念なのは店によって蕎麦のゆで方に差がありすぎることだ。

さらに個人店の立ち食い蕎麦も少なからずある。八重洲地下街にも宝町の方にもクオリティの高い立食い蕎麦店がある。初台には揚げたての天ぷらを出す立食い蕎麦店があった。

そして、ついには店頭石臼挽き十割蕎麦の嵯峨谷の登場だ。

立ち食い蕎麦。特に美味いわけじゃない。美味い蕎麦を出す店は沢山あるし、食べるだけの金も持っている。それでもついつい立食い蕎麦が食べたくなる。沖縄に立食い蕎麦屋は一軒しかない。しかも不味い。

だからなのか、出張で内地に来ると食べてしまうんだなぁ。