ブログ主について

五十路とは本来「五十歳」を意味するが、現代社会では「50代」と誤った認識が定着している。それにあやかりブログのタイトルを名付けた。数年前に五十路となったバツイチ男性。

近影
フレイド五十路

かつてコンサルタントをしていたせいなのか、人に教える仕事をしていると勘違いされることが多かった。質問されれば答えるのが道理だ。ある日ふと、気が付いた。いろんな人から同じ質問を受ける、煮たような相談をされることが多いことに。

迷惑メールの対処、地方経済について、少子化問題、今日のランチは蕎麦かカレーのどちらにするべきか。内容は身の回りの些細なことから、私の手にはあまる、というか私が解決するべき問題でもないことまで多岐にわたる。それに私自身が見聞きして勉強になることもある。忘れないようにメモをして、思いつくまま考えをめぐらし、必要な人の元へ情報が届けばいい。共有できればいい。

ネットでは情報共有が迅速にかつ効率よくできる。ファクトを見極める技術が必要だが、それは発信者の文章のいくつかをきっちり読めば分かることだと思う。どこの誰だかわからなくても、しっかりとした情報を提供してくれる人はありがたいのだ。ITの黎明期はそういった情報ボランティアのような人たちがネットに拡散した情報で皆が問題を克服してきたように思う。

人生においてそれなりのスキルを積んできたつもりであったが、実際にこの年で求職活動をしてみると、想像とだいぶ違っていたことに驚いた。年齢で門前払い。引き合いが来るのはタクシードライバー、建設現場、介護、営業など、いずれも未経験かつ自分が苦手な職種ばかりだ。膝が悪いこともあり、身体を使う仕事はできないのだ。得意なITにしても、スマホアプリの開発もできる。機械学習だってやれないことはない。だが、老眼で開発の仕事は厳しいのだ。

自分のスキルを直接活かす仕事がこの世にないのであれば、自分のスキルを別の形で活用し、生活できるようにしてみよう。私のスキルと経験、知識をネット上で世の中に提供することで対価を得ることができるなら、40年近くパソコンを使ってきた私にはうってつけの仕事だと思う。もしも食えなかったら、その時はそのときだ。

スキルを積むことばかり考えてきたので、これからは荷下ろしをしていこう。コロナでリアルでは人との交流が難しい時代だ。パソコン通信の時代からRTでオンライン飲みを毎晩していた私には、今がうってつけなのである。こうして少しやさぐれながら、世の中の出来事を斜めに見つつ、人生の切れ端をメモしていこうと思う。

フレイド五十路